2009-12-01

「非寛容」という人間性の宿痾

スイスで29日、ミナレット(イスラム教寺院の尖塔)の建設を禁止すべきかどうかを問う国民投票が行われ、57.5%の賛成で可決されたと報じられている。

スイスでモスク尖塔の建設を禁止、国民投票で可決(ロイター2009年 11月 30日)

これに対するスイス政府を含め各国政府、報道機関の論調はこれに反対もしくは批判を表明するものばかりなのが救いである。

国民投票「ミナレット建設禁止」可決 プレスレビュー(swissinfo.ch2009/11/30) 
Swiss Sharply Criticized After Vote to Ban New Minarets(New York Times)
Muslim Leaders Condemn Swiss Minaret Ban(Wall Street Journal)
Europe unites to deplore Swiss ban on minarets(TIMESONLINE)

おそらくこれが「国民投票」の「危険」を示す典型的な事例となるかもしれない。「非寛容」がポピュリズムのもっとも悪しきものだが、これは常に全体主義者に利用されてきた。異なる少数者を排除・差別することを煽り、扇動する手法はナチをはじめファシストが常用してきたものだ。昔ユダヤ、今イスラム。

「非寛容」は人間性の宿痾だから、常に意識しておく必要がある。その意味では今回のスイスの「国民投票」はそれを意識化させたという点では利点もなかったわけでもなかろう。日本国の「定住外国人の参政権問題」に対する日本国民の反応を考える場合の参考になる例である。