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2009-12-06

「東京猫町」~アラーキー写真を語る

荒木経惟vs.大塚寧々 - ソリトン (1/2)



荒木経惟vs.大塚寧々 - ソリトン (2/2)




東京猫町

ちょっと前に、二年ぐらい歩いたんだけどさ、「東京猫町」っていう本出したんだけどね。必ず猫のいるっつーところはね、あったかくてね、いい町だね。猫に出会うところは、うん、すごく、ほとんどね。そう、この辺でも、名作をいっぱい撮ったよ。だから猫がさ、名作を撮らしてくれるつーか、名作の場所を知ってんだよ、名所、いい場所を。「東京猫町」ってね、案外ロングなんだけどさ、猫がぽーんて、その猫がぽーんているだけなんだけど、たとえばそれをね、猫を取っちゃってみると、すごーくつまんなくなっちゃうのよ。猫っていうのはね、活きいきとした町にすんだよね、猫は。


2009-11-02

現代日本の「奇妙な風景」(Shinya talkより)

久しぶりに藤原新也のブログを読んでいると、ある意味で現代日本を象徴する「奇妙な風景」を描いた文章に出会った。記録として引用しておく。


2009/10/08(Thu) 世界の果てのご乱交

先ごろバリ島のクタで日本女性がポリスを偽装する男にホテルから連れ出され、殺されるという事件があった。
ポリスと名乗っても警戒してついて行かない方がいいなど、現地の事情を知らないテレビのコメンテーターはチンプンカンプンなコメントを吐いていたが、私が知る限り、このバリのクタは世界でもっとも日本女性が醜態を曝している場所である。

事件に巻き込まれた件の女性はおそらくそうではないと思うが、現地には南特有の明るいチョイ悪な10代から20代のビーチボーイ、ストリートボーイが大量にたむろしていて、その子たちとの遊びを目的にクタを訪れる日本女性という構図がずいぶん前から出来上がっている。  

早い話が逆買春である。
買春と言っても為替レートの差が大きいから現地にいる間はお友達になったボーイの食事代やお小遣いの面倒はいっさい女性側が持ち、きわめて安上がりに旅行中は1人や2人のボーイを囲うことができるわけだ。当然その遊びの中には性交渉も含まれる。

これらのボーイはつき合って見ると悪気のないただのガキだが、日本に今繁殖している植物的青年とは異なり、それなりの男の魅力を発散してもいる。
彼らは一様に手帳を持っていて、その中を見てみると日本女性の名簿がずらりと並ぶ。
20人や30人は当たり前、中には100人以上の”顧客名簿”を有するつわものもいる。
マメな者は年齢までしっかり書いており、20代は非常に少なく、大体30代前半から中半の女性が圧倒的に多い。
その中に日本の年増の有名歌手の名があって驚いたのだが(本名の横に名前を記していた)まさかと思って色々と問いただしてみると、どうも非常に信憑性が高いと言えた。

名簿化するということはようするに彼女たち定期的にクタに来て遊んでいるということであり、実際「来週の何日には○○ちゃんが来る」などさまざまなローテーションを組んでいるのである。

私が泊まっていた中庭のある安宿にも数人の日本女性が単身で泊まっていて、朝っぱらからホテルのボーイが「○○ちゃーん○○○○しょうよ!」と日本語であられもない卑猥な言葉の大きな声を出して私の部屋の前を通り過ぎて行こうとしたものだから、さすがの自分も怒り心頭に達して部屋から出て行ってむなぐらを掴んだこともあった。
事後その少年に対する怒りは、こういった乱交を朝っぱらから受け入れている日本女性が無数に当地にいるという後味の悪るさに変わったものだ。

それではクタではそういったあらゆる国の30代の女性がストリートボーイたちとの乱交に勤しんでいるかというとそうではなく、他の国の女性でそういう遊びを目的に訪れているという風景は見当たらなかった。

日本女性だけがストリートボーイたちの手帳の顧客名簿に列記されるというこの特殊な情景をどのように解釈すればいいのか、いまだに解き明かしたくはない謎である。


2009/10/11(Sun) 性の問題は誤解が生じやすい

「webdice TOPICS」というサイトで先の私のバリに関するブログが以下のように報じられていると私の知り合いからメールがあった。その出だしは以下のようなものだ。

「バリ島クタでの日本女性逆買収を嘆く藤原新也」

バリ島で警官を装った男に日本人女性が連れ出されて殺害された事件があった。

写真家の藤原新也がブログで日本人女性の逆売春に苦言を呈している。



今回のブログは誤解を生じやすい。

「嘆く」「苦言」という言葉を使っているが私は嘆いているのでも苦言を呈しているのでもない。ただ風景を語っているのだ。

こういった話は道徳論として曲解されやすい。

そこに男と女がいれば愛の感情が生じたりセックスが成立したり、あるいは愛がなくともセックスが成立することもある。 

また男が女を買うことが許され、女が男が買うことが許されないというのも不均衡な話である。

私が語っているのはその男女のまぐわいの「風景」の問題なのである。

少年のむなぐらをつかんだのは私の個人的な感情の問題なのであって、道徳の押し付けではない。しかしときに道徳論より、体感による行動の方がその風景(あるいはセックス)のあり方の美醜をはっきり見極めていることもある。後味が悪い、もまた体感である。苦言でも嘆きでもない。

そしてクタの風景を謎と私は書いているが、実は私にとって謎は大方解けている。

そのことはいずれ書くかもしれない。


2009/10/29(Thu) セブン・イレブンのホームレス化についての一考察

マンションの近くに数ヶ月前に出来たセブン・イレブン。

日常的にコンビニに行かないので朝のおにぎりを買うために数週間

に行った記憶がある。

昨日久しぶりに電池を買うために入ってレジに行ってギョッとした。

レジの若い子が着ているセブン・イレブン衣装の臙脂色の仕事着の全面がまるでホームレス状態に黒光りしているのだ。

ご承知のようにコンビニというのはクリーンシンドロームを地で行く清潔と明るさの権化であり、あたかもここを基点として都市環境のクリーニング化と明度の基準が出来たかのような存在。

セブン・イレブンもまたアメリカのあの根拠なき明るさと過度の清潔の使者でもある。

そういった空間でこのホームレス着を見た瞬間の衝撃度は計り知れないものがある。

ギョッとして他の店員の服にも目を走らせると、これもまたホームレス状態である。

だがレジに向かう離人症的無感動状態の客たちはこの異常事態にまったく気づかない。

疑問があればすぐ聞く課の課長である私は若い店長にこのセブン・イレブン着ホームレス化の実態についての質問を投げる。

「かわいそうに、あのレジの子の服黒光りしてるじゃない、なぜなの?」

「あっ、はい」

店長はうろたえながら言う。

「レジの横で油もの売ってますんで、どうしても汚れてしまうんです。すみません」

「いや僕は抗議をしてるんじゃなく、なぜなのかなぁって思っただけなんだ。疑問が解ければそれでいいんだけどセブン・イレブンの本部の方では十分な着替えを用意してくれないのかな」

「あっ、それ、ないんです。こういうの全部本部の方から買わなければならないんです」

というわけでフランチャイズ制という搾取システムのひとつの帰結がホームレス着ということになるわけである。

聞くところによると、経営は非常に厳しいらしい。

子孫の生活が厳しくとも、本体の方はマージンが一律に入ってくるので店が増えれば増えるほど儲かるという仕組みなわけだが、あなたの近くのコンビニのレジの可愛い子ちゃんのお洋服は、かくなるアメリカ型搾取構造の中で犠牲になり、泣き顔になっていないか検証してみるのも一興かと思うがどうだろう。

2009-10-27

星野道夫の世界~ALASKA ☆ 星のような物語

星野道夫との出会いについては、またの機会に書いてみたいと思っているが、とりあえず「星野道夫の世界」を紹介する動画を見つけたのでご覧いただきたい。



荒木経惟が「死」を感じさせるとすれば、星野道夫は反対に「生命」を感じさせてくれる。荒木があくまで「人間」と人間が造り出した「都市=東京」を見つめたとすれば、星野は「人間」を超えた「自然」あるいは「宇宙」を見つめたと思う。

アラスカ 風のような物語(小学館)
旅をする木(文藝春秋)
長い旅の途上(文藝春秋)
ノーザンライツ(新潮社)
イニュニック 生命―アラスカの原野を旅する(新潮社)

2009-10-26

荒木経惟という現象

もの思う秋。写真家、荒木経惟の「東京人生since1962」(basilico,2006)を再読した。荒木さんは、一貫して東京に寄り添うように、東京という「もの」と「こと」を写真に写し取ってきた。だから、題して「東京人生」という。



妻陽子さんとの「センチメンタルな旅」の始まりと終わり。人生は短く、哀しい。写真に荒木さんのコメントがついている。(以下、写真のコメントは荒木さん)



「1971年7月7日、陽子と結婚。「センチメンタルな旅」がこの日から始まった。」



「この写真好きだね、この陽子好きだね。はじめて撮った時「物思いに耽る表情が良い」と言ったらしい。」



「陽子とチロと私。幸福の構図。陽子は東京女子医大に入院することになった。」




「手指をにぎりしめると、にぎりかえしてきた。お互いにいつまでもはなさなかった。午前三時十五分、奇跡が起こった。陽子が目をパッとあけた。輝いた。私はベッドにあがって、何枚も撮った。1990年1月27日、妻陽子死去。享年44(満42歳)。」



「棺の中に楽しみにしていた「愛しのチロ」を入れて陽子を送った。」



「雪の日にチロがバルコニーに出て、はねた。「センチメンタルな旅・冬の旅」のラストシーン。」



「妻が逝って、私は空ばかり撮っていた。」



「陽子がいなくなって錆びたテーブル。バルコニーでチロとふたり。」(荒木さんのコメントはここまで)

日本の写真史における「巨匠」、荒木経惟。彼の写真には、例えば都市の情景であっても、あるいは緊縛された女を撮っても、いつも「滅び」や「死」の匂いが漂う。また、彼の写真は、被写体を通して彼の人生が重なって見える。だから題して「センチメンタルな旅」という。初期の写真から現在までそれは見事に一貫している。これは驚くべきことだと改めて感じる。

折りしも、NHK-BShiのプレミアム8「写狂人の旅~アラーキーと歩く4日間~」を観た。アラーキーも、もう69歳か。私が荒木さんに初めて出あったのが「わが愛、陽子」(朝日ソノラマ,1978)という写真集。



1978年発行、彼が38歳、私が25歳のとき。不思議な縁を感じる。それ以来30年の付き合い。これも凄い「こと」だ。私の人生の半分以上だ。「愛する人の死、父や母の死、陽子の死、これが自分を飛躍させる契機になってきた、進む道をはっきりさせてきた」と番組の中で語っていた。

陽子さんの死後、引きこもっていたアラーキー。「チロちゃんがね、朝バルコニーで跳ねるんだよ。勃起しろって、ね」(上記、雪のバルコニーの写真に対する番組でのコメント)。



陽子さんが生前、「センチメンタルな旅」の中で唯一好きだを言っていたという一枚。合掌。