…◆久助、みなさん方の話聞ぃてると面白い。
▲酒はなぁ、 草津の酒屋で一番上等ちゅうのん詰めさしとりま、一升。 肴はこの、鮒の飴煮(あめだき)やとか小魚の煮しめとか…◆ 結構じゃ。ほな早いこと▲へッ…、えらいことした◆どぉした?▲ 肝心のあんた、燗徳利を忘れてきましたがな◆これッ、 燗徳利忘れたら火がでけても何にもならんじゃないかいな。
▲ えらいことしたなぁ…、冷やで呑んでもらえまへんか?◆ そら何を言ぅんじゃ、 わしゃ冷や酒呑んだらじきにお腹が下るじゃろ、で、 わざわざ火の用意をさしたぁんのに。 これではどぉにもならんやないかいな困ったなぁ。
★もし、 もぉし▲へ?★燗徳利、貸したげまひょか▲おおきに、 あんさん燗徳利なんか持って乗ってなはる?★いや、 燗徳利は持ってまへんねけどな。代わりになるもんがおまんねん▲ え?★代わりになるもんがおすねん▲「代わりになるもんがおす」 て、何んでんねん?★これどぉです…▲それ何でんねん?
★ 尿瓶です▲へ?★シビンです▲シビンて、あのシビンでっかいな? ★尿瓶にあのシビンもこのシビンもおへんがな。 あのシビンどすがな▲こんなもんであんた、 お酒の燗ができますかいな★これあんた、さらどっせ▲ 何ぼさらでもなぁ、尿瓶に…
★けどあんた、燗徳利なかったら、 一升瓶をその小さな手あぶりの上へ乗せて、 向こぉへ船が着くまでとてもお燗はつきますかいな。 このシビン肉が薄い、で、 ちょっとだけお酒を入れて乗せといたら、 見事にお燗がつきますがな▲そらそやけど、 どぉもシビン酒ちゅうのわ…
◆久助、それお借り申せ▲いや、 旦那。よろしぃか?◆旅の空の、こら趣向じゃ。面白いなぁそれ、 お礼を言ぅて使わしてもらい▲あんたも変わってなはるなぁ、 ほならこれ使わしてもろてもよろしぃ?★どぉぞどぉぞ、 使ことくなはれ。いや、うち年寄が居るんでな、 いま草津でヒョッと見たら頃合いのシビンがあったさかい、 まだ使こてないさかい綺麗ぇなもんですわ。
▲ まぁ綺麗ぇなもんには…、 なるほどまだ中にワラが入ってまんなぁ、 ほなちょっと洗わしてもらいまひょかなぁもったいないことするけ ど、ちょっとお酒入れて…、ほなら旦那、シビン酒よろしぃか?◆ 「シビン酒」てなこと、わざわざ断らんかてえぇ。
▲ せやけどあんた、おかしな具合やで。 このシビンへ突っ込むもんいぅたら、 たいがい相場が決まってますわなぁ。一升徳利から…、やなんて、 なるほど…。しかし何でんなぁ、 手あぶりの上へシビン乗せてこぉやってると、 酒の燗してんのやら病人の看病してんのやら分からん◆ 要らんこと言ぃなはんな。
▲ぼんやりと、 つかってきたよぉな具合でっせ◆ん、 あんまり熱せぇでもえぇがなぁ。肴は近江の鮒か、結構けっこぉ。 あのな、ここにお茶を飲んだ湯のみがあるで、 これでいただきます。あんまり熱ならん方がえぇさかい▲ あぁさよか、ほなボチボチ。 ちょっといっぺん味見てみまひょかな、いかがなもんで…。 うわぁ~ッ、色がよぉ似てるしなぁ、新酒やとみえてえらい泡。
◆ 要らんこと言ぃないな。 酒てな気分のもんやさかい横手からゴジャゴジャ言われたら、 どもならん…(クゥクゥクゥ~)上燗、上燗。いやぁ~ッ、 お酒もなかなか結構じゃ。こりゃ風流なシビン酒、 こら一生の想い出じゃわい(クゥクゥクゥ~)
◆こりゃ久助、 今のな、このお借りしたところへちょっとお振る舞いせんかい▲ あぁなるほど…。えぇ~、ただいまどぉもおおきにありがとぉ。 よろしかったら、お嫌いやなかったらひと口★あッさよか、 えらい済んまへんなぁどぉも▲いえいえ、 お大事のお道具を拝借しまして。
★嫌なこと言ぃなはんな「 お大事のお道具」やなんて、いただきます。わたしもなぁ、毎晩( クゥクゥクゥクゥ~)結構やなぁこら、 いや毎晩わたし晩酌やる方でやすけどなぁ、 こんな上等のお酒なかなか呑めまへんで(クゥクゥクゥクゥ~) こんな結構なお酒よんでもらえるんやったらわたし、 何べんでもお貸ししまっさかいないつでも言ぅとくなはれ▲ そない再々こんなもんが要りますかいな。
◆ わしらだけで呑んでんのも気詰まりな、 ご近所のお方にちょっとずつお振る舞いしたらどぉじゃ▲ そぉでんなぁ…、えぇ~、 みなさん方お嫌やなかったらひと口どぉでやす。 入れ物はこんなんでやすけど●いやぁ~、 もぉえぇ匂いがするもんやさかい、 最前から喉グビグビいぅとりまんねん。へぇ、 湯のみはこっちにございます茶碗が、もぉこの方が大きぃさかい▲ あぁさよか、ほなまぁ…
●こら結構やなぁ、頂戴いたします( クゥ)えぇお酒でやすわ■ほなわたしもお相伴にあずかります、 えらい済んまへんなぁ…、どぉもおおきにいただきます▼おいッ、 わしまだやで■ あんた偉そぉにケンタイらしぃ言ぅたらあかんがな。これはな、 あのお方がお振る舞いをしてくれたはんねやさかい。あんた「 わしまだや」てな、そんなこと言ぃなはんな。
▼そぉかて、 わしかてちゃんと乗り合い払ろたぁるがな一人前■ 船賃とこれとは別やねんさかい…、 わけの分からん人が出て来ましたがな。まぁまぁ、 そっちもよばれなはれ▼いぅ、いぅ、言ぅてよかった、 言わなんだら当たらんとこやがな、離れたとこ座ってるさかい…、 お前らばっかりよばれて、離れてるさかいな、 いっぱい注いやでいっぱい注いでや、ホンマにもぉ…
▼ウッ、 ゲッ!こんなションベン呑ましやがってッ!■これこれこれ、 何を言ぃなはんねんあんた。 入れもんはシビンやけど中身は結構なお酒▼何を言ぅてんねん、 これ、これ、何が酒や。これションベンやないかい■ そんなはずはないけど…●あんのぉ~ッ■ 戸板の病人が頭上げて何や言ぅてまっせ、何だんねん?
● ひょっとしたら、 それわたしの尿瓶と間違ごぉてはんのと違いまっしゃろか?■ 病人さんの尿瓶やがな、あんた草津の人やろ。おんなじ型やがな、 ややこしぃとこ置いときないなホンマに…、 あんた今呑んだん間違いなしにそらションベン▼そんな殺生な…、 ちょっと酒おくれ■ほんだらまぁ、今のんこっち、これ、これ、 これが酒。
▼こぉなったらもぉ二、 三杯立て続けにいかなんだらアホらしぃて…、 さっきはよぉ呑み込まなんだこっちゃホンマに■ グッといけグッと▼ゲッ、ゲッ!これもションベン■ 何を言ぅてる、今のはこれ、これは酒▼ ションベン臭いやないかいッ■そんな…、ホンにそぉやなぁ。
● あんのぉ~ッ■また病人が何や言ぅてるで、どないした?● ひょっとしたら、わたし最前それの方へしたかも分からん■ 両方ともションベンになってもた、何をすんねん…、あんた二、 三杯続けざまにいき▼アホなこと言え◆貴の毒な、気の毒な。 冷やでよかったらこっちにまだありますでな、どぉぞ口直しに、 口清めておくなされや。あぁ~、えらい騒ぎじゃったなぁ。…
まあ、こんな調子の船旅が続く…。上方ならではの遊山の道中噺。