2010-06-02

Paris Je T'Aime - 17 Quartier Latin

「パリ、ジュテームParis, je t'aim.」2006という愛をテーマにしたオム二バス映画を見た。パリ20区のうち18の区を舞台に、1区につき約5分間の短編映画にしている。その中の粋な一作のシナリオを採録してみた。
『カルチエ・ラタンQuartier Latin』監督フレデリック・オービュルタン/ジェラール・ドパルデュー

 夜のセーヌ川。遠くに街の光

 街灯が明るい、夜のカルティエ・ラタン 全体がセピア色。ソルボンヌ大学をはじめ大学が集中する学生街。1968年の革命で敷石が学生の武器になった。

 タクシーから一人の老年の女、微笑ながら近づく老年の男 

女:ありがとう ※会話は英語である。米国人らしい。
 (男が歩み寄り)
男:やっときた
女:遅れてごめんなさい
男:景色を楽しんでいたよ 米国から来たらしい。後に飛行機の話が出てくる。対して、女はパリ住まい。
女:道が混んでて…とてのハンサムだわ
男:君もステキだ。どうしてる? しばらくぶりらしい。
女:飲みたいわ…疲れたの

 男と女が、とあるレストランへ


 
店主:マダム。こんばんわ。どうぞ…こちらへ 店主はフランス語で話す。男女ともそれを解する。席へ案内する。女の馴染みの店らしい。やはり、近所に住んでいるようだ。
店主:何になさいます?
男:今もワインを? 
女:そうよ。赤を
店主:リストです。そうぞ…マダムはグラーブGravesがお好きです ボルドーワイン。やや軽く、やさしい味わいのものが多い、らしい。
男:本当に?
店主:はい
男:ではグラーブを
店主:グラーブをグラス二つ
女:弁護士も一緒だと思った 紛争中か?
男:明日だ。君の方は?
女:あなたの弁護士に任せるわ。財産を隠すとも思えないし 離婚調停中らしい。とすると、この男女は夫婦。
男:今もここが?
女:大好きよ やはり、パル住まい。別居中らしい。
男:あの物書きは? 恋人がいるのか、この歳で。
女:とっくに切れたわ 
男:ほかの男と?
女:ええ お盛なことで…。
男:また作家か? さしずめ、サロンの女主人か?
女:いいえ。今の彼は働かない
男:何?
女:仕事というより趣味ね。サイクリストよ 裕福なご身分らしい。ツバメがいる?
男:何だって?
女:自転車乗りよ
男:自転車?どこを走る?
女:どこでも
男:そんな年で?
女:いいえ。年が違うのよ。私より若いわ…ありえる話でしょ…あなたなら分かるはずよ
男:君のことは永遠の謎だ この台詞が面白い。歳からすると数十年一緒に暮らしたのであろう。しかし、謎なのである、相手が。数十年も同じ男女が暮らすこと自体が、難しいことなのかもしれない…。
女:私のことはいいわ。結婚を決めてからビッキーとは順調なのね…式はいつ? 男にも女がいるらしい、やっぱり。
男:君のサインが済んだらすぐ…何か食べるかね? 確かに、離婚調停中。
女:どうぞ
男:機内で済ませた 飛行機で来たばかりらしい。
 (店主がワインを注ぐ)
女:本気なのね? 浮気の可能性もあると考えていたようだ。
男:もちろん
女:思いがけなかったわ。私たちが…
男:離婚する? そういうものだろうね。
 (女、頷く)
男:彼女が子供を欲しがってる。そろそろ30歳になるし 若い!
 (女、呆れたように笑う) そりゃ、呆れるわ。
女:子供!…冗談でしょ?
男:妊娠3ヶ月だ
 (女、男を見つめる)
女:今夜は驚くことばかり…私たち、孫が2人よ 
男:一緒に遊ばせるそうだ
女:すてきね
男:大家族だ 冗談ともまじめとも、ここまでくると、笑える。さすが、米国人。後に、養子の話が出てくる。因みに、加藤周一さんも養子をもらって育てた経験があるらしい。
女:子供がかわいそう…皮肉じゃないのと…仕合わせになって…いい父親だったわ 
男:ありがとう、ジェニィ
 (男、女を見つめる)
男:おかしな話と思う? 
女:そうねぇ、受け入れるのは難しいわ 米国人にしてもやはりねぇ…。
男:人間、苦労が必要だ…望みがある
女:何なの?
男:養子をもらう
女:養子?
男:ああっ
女:正気なの?
男:息子が欲しかった
女:すばらしい娘たちよ 娘が複数いるようだ。孫が二人。
男:もちろんだ
女:誰かいるの?心に決めた子が?
男:あぁ
女:誰?
男:君の自転車乗り。健康で運動が好き
女:泥仕合を繰り広げる?
男:いいとも
女:悪い人…でもそれ建設的なアイデアね、お互いの相手を養子にして、みんな一緒に仕合わせに暮らす。混乱するけど仕合わせだわ 離婚調停中の男女の会話として、この冗談は凄い。
男;駆け落ちするか? 女は駆け落ちの経験があるようだ。フランス映画、ジャンヌ・モロー主演「恋人たち」を想い出す。
 (女、ちょと考え込む)
女:一度したでしょ
男:もっと、うまくいった…君がその口を閉じていれば
女:あなたがもっとズボンを脱がなきゃね この一連のやり取りも大人の男女の会話として面白い。自他を一定の距離を置いて客観的に見ることが出来ている。これを「成熟した大人」という。
 (男、にやっと笑う)
女:今夜はとても楽しかった。帰るわ。早く寝ないと
 (女、次いで男が立ち上がろうとする)
女:いいのよ、車を拾うから…明日は何時?
男:ホテルで2時
女:じゃまた…弁護士を連れて行くわ。気に入るわよ、孤児なの
 (男、笑う)
男:悪い女だ 英語で、Bitch と言っている。このアバズレ、ぐらいの罵倒する意味合がある。
 (女、出口の方へ)
店主:おやすみなさい
 (女、ドアのところで振り返る。男、片手を上げる)
男:チェックを
店主:今夜は店のおごりです 粋な計らい。こんな店があるといいなぁ。自分の人生に寄りそうような店が。
男:ありがとう
 
 ネオンの中をポケットに手を突っ込んで歩く男 孤独な老紳士。淋しげに見える。

 扉から女が暗い部屋に入ってくる。電灯を点ける。大きな本棚に多くの書物が並んでいる。女が職業が知的なものあることが感じさせる 学校の教師か、英文学が、フランス文学専攻の。
 
 ガラス窓に映る女の顔。タバコの白い煙 女も、寂しげで醜く老けて見える。明らかに、人生の澱が沈殿している醜さだろう。男も同じ。別の角度から見た人生のある一面。無残、という言葉が浮かぶ。






別居中の老年の男女のやり取りが興味深い。長く暮らしながらも、まだ、お互いに理解ができない部分がある。まだその関係の中に驚きがあるというのが面白い。枯れたわけでもなく、分別もあって感情に流されるわけでもない。しかし老いの孤独あるいは人生の悲哀も感じさせる。セピア色のカルチエ・ラタンの夜景が美しい。静かに胸の中に染み込んでくるものは、何か?んにしても、「今夜は店のおごりです」とは、粋だね。最後に救われた気がする。どんな結末であれ、自分の人生は、畢竟、受け入れるしかないからなぁ。